語彙

英語のStrategyとは特定の目的に対する枠組みや方向性を指す。よってStrategyの厳密な訳は「方策」が正しい。戦争における術や策をさす戦略の厳密な英語の訳はMilitary Strategyとなる。日本語の戦略が含意する攻撃・攻略対象などの敵対者の存在は前提とはなっていない。Strategyで前提となっているのはあくまでも目的の存在である。

ただし過去にこの分野の研究において軍事戦略が大いに影響を与えたことは否定できない。近年に発展した経営学において単なる策 (Tactics) や現場のノウハウ(術)を統括するものとして方策 (Strategy) が重視されている。ただし最近はその方策の上位の存在として企業の経営哲学 (DoctrineおよびPhilosophy) が注目されている。軍事学においてこれは戦闘教義にあたる。

概説

戦略は特定の目標達成のために総合的な調整を通じて力と資源を効果的に運用する技術・理論である。ただし戦略の定義は時代・地域・分野によってその意味は異なる。戦略はもともと戦争術から戦術と併せて分化した概念であり、軍事学の専門用語であった。

軍事的な分野に限定した定義も一様ではないが、一般的に戦略は戦闘部隊が戦場で優位に立てるようにするための巨視的な策略であり、一連の戦闘における勝利を高次元で最大限に利用する術策である。これに対応して戦術は戦闘において勝利を得るために部隊を運用する術である。

戦略の研究は途上にあり、また日本では戦後に企業の経営戦略のように使用されたり、また経済戦略や外交戦略のように政策と同義語として使用されることも多く、また戦略的という形容詞が多用されることも重なって、その定義は拡散している。

歴史

初期の戦略

現存する史料から考えて、世界で最初に戦略の概念を使用したのは孫子だと考えられる。戦略という言葉こそ出てこないものの、国家戦略や戦争哲学を示し、また軍事学的な戦術や軍事地理の内容を論じて戦略の思考法を示しており、今日においても孫子は極めてすぐれた戦略教書と考えられている。ヨーロッパにおける戦略の概念はクセノフォンが将軍、または将軍の軍隊指揮を意味するSTRATEGOS、STRATEGIAという言葉を用い、これが戦略の語源となった。しかしながら当時の戦略は定義が曖昧であり、戦略と戦術は区別されず戦争術や兵術として理解していたために、現代のような意味を必ずしも持たなかった。

戦略と戦術の分化

マキャヴェッリは近代西欧における軍事思想の始祖的存在である。『戦術論』において戦争目的は、自己意志を相手に強制することによって、敵の完全敗北という成果を得、速やかに終結させなければならないと定め、敵の軍事力を破壊する戦略を主張した。ナポレオン1世はマキャヴェッリの思想を継承しており、当時「大戦術」という言葉を用いて通常の戦術と区別し、大局的な戦争指導を行って戦略と戦術の概念的な分化を行っている。この頃にマイゼロアは古代戦史の研究から西欧で初めて戦略と戦術という用語を区別して使用し、戦略の用語と概念を西洋に普及させた。

この戦略の概念は当時ナポレオン戦争の研究を行っていた多くの軍事学者たちに影響を与えた。クラウゼヴィッツは個々の戦闘で問題となる戦術と対比し、「戦略とは戦争目的を達成するために戦闘を組み合わせる活動だ」と述べ、戦略を戦争での使用目的に限定した。これは後にクラウゼヴィッツ主義の軍事研究者たちによって過剰に教条化され、決戦至上主義を生み出すことになる。またジョミニによると「戦略とは地図上において戦争を計画する技術であり、作戦地全体を包括する」と定義して戦略を戦争目的に限定した。さらにモルトケは「戦略は知識以上であり、実際生活への応用であり、流動的な状況に従う創造的な思考の発展であり、困難な状況における行為の芸術である」と述べている。

陸海空の戦略分化

戦略は軍事戦略として歴史的な発展を遂げてきた。ただし軍事戦略においても陸海空軍は基本的に全く異なる前提の下で戦っているため、それぞれの独自の戦略が発展してきている。軍事戦略はその系譜の主流が陸軍の陸上作戦が前提となった陸軍戦略であり、海軍戦略や空軍戦略は軍艦や軍用機の技術的な発展に伴って進歩してきた。

海軍戦略の基礎を確立したのはコルベットである。コルベットは戦略一般についても最終目的を追求する全体戦略と初期目的を追求する小戦略に分けることで戦略の階層化を試みている。海軍戦略については陸地の支配のために海洋を支配すべきとして制海権の確立を体系化させた。またコーベットの一世代前にアルフレッド・セイヤー・マハンも制海権の関連事項について論じている。

空軍戦略に大きな貢献をした軍事学者としてジュリオ・ドゥーエが挙げられる。彼は第一次世界大戦の頃から航空機が持つ軍事的な重要性を認識して戦略爆撃の実施やそのための独立空軍の創設を主張していた。

近現代の戦略理論

戦略は第一次世界大戦、第二次世界大戦という総力戦や米ソ冷戦を経て新しい発展を見せた。中国で人民解放戦争を指導した毛沢東は日本軍に対して地方農民を教化し、大規模なゲリラ戦を戦い、独自の戦略思想を確立した。このような思想は後にザップ、カストロ、ゲバラなども用いて成功している。また第一次世界大戦に将校として従軍して軍事評論家となったリデル・ハートは間接アプローチ戦略を理論化して直接的な武力衝突ではない新しい間接的な手法によって勝利すべきだと論じた。

冷戦期においては核兵器という大量破壊兵器の出現により、抑止を主概念とした核抑止戦略が構築された。この核抑止戦略は軍事目的をはるかに超える破壊力を持つ核兵器を軍事戦略で位置づけるために構築された戦略理論であり、ブローディに代表される「核兵器は兵器に相応しくなく、あくまで抑止のために使用する」という考え方と、ボーデンに代表される「核兵器は兵器であり、拒否のために使用する」考え方、さらにウォルステッターに代表される「核兵器は兵器であるが威力が絶大であるため、段階的・限定的に使用する」という考え方に大別される。